サンタさんはいるの?は、子供が大人になるステップのひとつかも知れない

子育て

クリスマスも終わり、街は年末年始~お正月の空気になりましたね。
受験生のいる私の家はクリスマスムードが薄かったけれど、ささやかに楽しく過ごせました。

子供たちがすっかり大きくなった今、クリスマスに思い出すのは、一生懸命サンタさん役をしていた記憶と、サンタさんの正体がわかった時のことです。

そして、今感じているのは、サンタさんの正体がわかるというのは子供が大人になるステップのひとつだったのだなと言うことです。

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サンタさん、何歳まで信じていましたか?

早い子だと幼稚園の年長さんくらいで判っている子も居たでしょう。
私の周りでは、小学校2~3年生から怪しみ始めて、高学年までには正体を知ってしまう子が多かったように思います。

サンタさんの正体がばれないように頑張る。
私は、いつからかサンタさんをいくつまで信じてくれるか頑張ってみたいという気持ちが芽生えていました。

子供たちが小さい頃に通っていた、英語の先生が
「いつかはイヤでも大人になっていろんな苦労もするんだもの。少しでも長く子供でいてもらっていいのよ」 と、クリスマス会の準備の時に話していました。

その言葉がずっと心に残っていました。
私がシングルマザーになったのが子供たちが小3と小1の時だったので、ただでさえ苦労をさせているから、少しでも長く子供でいて欲しいと思ったから・・・と言う気持ちもありました。

長女の場合


長女は小学校6年生の時に正体を明かしました。

たぶん、よくある風景です。

「ママ、サンタさんてママなの?」

と聞かれて、それがもう確信を持って聞いてきた風だったので素直に認めました。

「クリスマスカード書いたのも? 
 贈り物のケーキやお菓子を食べたのも、ママ?」

ちょっと切なかったけど、そうだよと答えました。

「ありがとう、楽しかった!」と言ってくれました。

そしてその当時小学4年生だった次女に対して
「次女ちゃんにはまだサンタさんを信じていて欲しい。私もママのお手伝いをする!」と。

それからは、プレゼント選びに四苦八苦していた私に代わって次女の欲しいものの調査係になってくれました。

「ママ! プレゼントもう買っちゃった? 欲しいものが変わったみたいなんだけど!!」 なんてやり取りもしばしば。
 
ふたりで秘密結社みたいに次女への贈り物を探って、考えて。
それも楽しいひと時でした。

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超、大波乱だった次女の場合


次女は、中学2年生までサンタさんを信じていたようです。

子供たちが小さい頃は、サンタさんにお願いするプレゼントを手紙に書いてツリーの下に置くことにしていました。

しかし、サンタさんの正体を疑い始めてからは姉妹二人して「心の中で欲しいものを念じる」と言う手段に出始めていました。

誰にも明かしていないのに、欲しいものが届いたらサンタさんは本当に居る!と言うわけです。

長女にサンタさんの正体を明かしてからは、長女が次女の欲しいもの調査をしてくれるようになり、随分と楽になりました。


ところが、次女が中学2年生のある日。

仕事から帰ると、家の中がただならぬ雰囲気なのです。

帰るなり、私の母が悲痛な顔で私に「ごめん・・・」と謝って来ました。

母は、次女に「今年のクリスマスプレゼントは何が欲しいの?」と聞いてしまったらしいのです。

その言葉で全てを悟った次女は

「嘘つき!! みんな、嘘つき!!」

と泣きわめいて、布団に潜って部屋から出てこない、と言うわけです。

「・・・っていうかさ、あの子、マジで信じてたと思うよ」と長女。

やっぱりね~とか、なんとなくわかってたしぃ~ではなく。
あの様子は真剣に信じていたと思う、と長女は言いました。

私は、平謝りに謝りました。
でも、騙していたわけでないと自分の気持ちを話しました。
子供の頃の気持ちを忘れないでいて欲しかった、と。

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きっと、これも大人へのステップのひとつ

これは、私の推測に過ぎませんが。

次女があんなに泣いたのは、単にサンタさんを信じていてそれが違ったからだけではないと思うのです。

一番にあったのは「あんな形で知りたくなかった」のだと思います。自分の心の準備が出来て、受け入れられるときに受け入れたかったのでしょう。

長女のように、尋ねて答えをもらって区切りをつける子も居れば、親子間で暗黙の了解でサンタさんの正体を何となく知りつつもサンタさんが両親であると確立されていくようにシフトしていく家族もあるでしょう。

それは、どちらが正解なわけではなくその子その子が受け入れやすい状態がベストなのだと思います。

ひとりひとり成長の速度や人生の歩み方が違うように、子供が子供時代の緩やかに温かくて甘い時間から一歩踏み出そうとするステップは様々です。

ただ、親に出来ることはじっとその人を見て、その人に相応しい方法とタイミングで一歩を送り出してあげること。

そう考えると、次女にはそれをしてあげられなかったことが残念でならないのですが。
いささか不器用な彼女にとっては、きっとどんな形であれ、階段をひとつ登るときは痛みを伴うのではないかと思ったりもしています。


かく言う私は、幼稚園の年長さんのある日、母に唐突に「はいコレ、クリスマスプレゼント」と言って、クリスマスの数日前にプレゼントを手渡され、「あっ、サンタさんって居なかったんだ」と判ってしまいました。

その後、幼稚園でクリスマス会があり、よくあるサンタさんの物語だの、いい子にしていたらプレゼントが貰えるだの、靴下をぶら下げておくと良いとか、そう言った話はまるで作りものだと冷めた感じで聞いていました。

あれから、自分が母親になるまで、クリスマスツリーを飾ることはしなかったし、家でクリスマスだからと言っていつもよりちょっと豪華な晩御飯が出て来たりケーキを食べたりすることも、他の季節行事と変わらないものになっていました。

恐らく、私が子供たちにクリスマスを演出して来たのは、私のそういった経験もあったのかも知れません。

子供には、子供時代だからこそ感じて欲しい感情や経験があり、子供時代を子供らしく過ごすことも大切なのではないかと思います。

それはクリスマスだけでなく、日常のささやかなことにもたくさん散りばめられているはずで、それが何かは私にはわかりにくいけれども。

目の前にいる小さな人が今何を欲しているのか一生懸命見ること、そして出来る限り叶えてあげること、それだけでも充分なのではないでしょうか。

めいいっぱい受け止めて抱きしめて。
然るべきときにきちんと手放す。

書くと簡単だけれど、これを子育ての中でしようと思うととても難しいのです。
私がして来たことが正しかったのか否か、それは私が生涯を終えるまで、いえ、終えても判らないかも知れません。

ただ一つだけ言えることは、
あなたをとても愛しています、これだけなのです。

今年のクリスマスは

その次の年は長女が高校受験だったり、日々の何やらに追われてここ数年クリスマスムードの薄かった私の家。

それでも、今年は小さなツリーを飾り、ローストチキンとケーキを頂きました。

次女とこうしてクリスマスをするのも今年が最後。

今年はプレゼントはありません。
今は何も考えられないそうで。
受験が終わったらお盆とクリスマスとお正月がいっぺんに来るのでしょうね。

♪恋人がサンタクロース
 背の高いサンタクロース

そんな歌がありましたね。

いつかママサンタはその役割を誰かと交代する日が来るんだなと、寂しくも嬉しくも、その成長をただただ見守るだけなのだなと感じたのでした。

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