年齢と共に、体力や体質が少しずつ変化していきます。
毎日の忙しさの中でふと立ち止まったら自分が随分変わってしまっていたことに気が付くときもあるし、何かの病気を機に一気に体力が落ちてしまうこともあります。
私は今、40代後半ですが、この4~5年ほどは体力の衰えや体機能の変化を実感することも増えました。
そんな中、叔父夫婦が家に遊びに来ました。
数年前にリフォームしたバスルームを見に来たのです。
叔父夫婦もバスルームのリフォームを考えていて、その参考にしたいとのこと。
今まだできるうちに、これからの準備をしておこうと思った1日でした。
どうして今、バスルームのリフォーム?
叔父は私の父のお兄さんです。
叔父夫婦は同じ年で、ともに78歳。
今まで少しずつ、トイレや玄関などをバリアフリーにするリフォームなどを行い、今回のバスルームが恐らく最後になるでしょう。
今のバスルームの問題点
叔母が話す、今のバスルームの問題点はこんなこと。
・バスタブが深くて出入りが大変
・床がタイルなので掃除が大変
・バスルームの出入り口に段差があって辛い
リフォーム前の私の家もそうでした。
一見レトロな感じでオシャレではあるのですが、これ、実際に管理してみると目地のお掃除が本当に一苦労なのです。
まだ一応走れる体力のあるうちは気にならないのでしょうけれど、70代を超えてくるとほんの2~3センチの段差でもつまづくことがあります。
今更だけどね、やっぱり直したいの
叔母は言います。
「私、もう78歳で、あと10年生きたらほぼ90歳なのよ。
あと何年生きるか判らないのに、お金かけてわざわざ直すなんて可笑しいでしょ」
「でもね、もう本当に掃除も大変で、毎日お風呂に入るのが苦痛なの。
このままだと、死ぬときにね、あ~気持ちのいいお風呂に入りたかったなぁ~と思うかも知れないと思ってね」
と、笑いました。
なるほど・・・そんな風に思うものなのかな。
もっと、早く家を片付けておけば良かった
それから、家の片付けの話になりました。
「もったいない、もったいないってなんでも取って置いてね。
気が付いたら片付けられる体力が、もう、ないの」
子供たちの思い出の品、家具、食器類、洋服。
特に食器はたくさんあって手が付けられないようでした。
「お客様用とか、特別な日にとか思っていい食器はしまっておいたのだけど、いざ使おうとしたらデザインが古かったりね、劣化していて使えなかったりしてるの。
でもね、捨てる元気もないのよ」
これは、私の家にも言えることです。
母も「もったいない」の人で、食器も洋服も「晴れの日用」がいくつもあります。
でも、結局「一生モノ」なんて存在せず、いざ使おうと思ったときに出してみると古ぼけていて恥ずかしい。
それでも使用回数が少ないから、「まだあまり使っていない」という理由で捨てられない。
そうして、もので溢れて行くんですね。
やっぱり、ミニマルにして行こう
私もこの頃、家の中をもっとすっきりとさせなくちゃと思っていました。
母は足腰を痛めていて、元来の性格もあり、夕食の支度以外の家事は急速に私にシフトしています。
・ものが多くて掃除しにくい
・体力があるうちに大型のものも含めて片付けておきたい
・足腰が痛い母が使いやすいように家を整えなくては
と、考えていました。
私の家は、父・母・妹・私・私の娘(次女)の5人暮らし。
私も妹もシングルです。
と言うことは、父が元気なうちに大きな家具などを片付けなければ、男手がなくなるんですね。
父も75歳。
そろそろ片付け始めないと、体力的に片付けられなくなって途方に暮れることになります。
まだ慌てることもないだろう、そう思っていると気が付いたら慌てることになりそうです。
意識して、モノを減らしてミニマルに暮らせるようにしなくてはと思います。
最後に
叔母が「この歳になるとお風呂掃除も大変なのよね」と言ったら、母は・・・
「私、やってないから、わかんな~い」と。
庭の手入ればっかりしていないで、やれっ!!とこっそり毒づいた私。
足腰が痛くてできないのか、ただ単にサボりたいのか微妙な母。
それでも。
人は時とともに老いて行く。
これは変えられないこと。
お風呂に入るのが苦痛な毎日なんて嫌なの
死ぬときに、気持ちいいお風呂に入りたかったなと思うかも知れない
リラックスタイムであるはずのお風呂が苦痛だなんて、悲しいです。
そして、お風呂だけでなく、日々の暮らしの全てがいくつになっても快適であることを願って。
暮らしやすい家とはどんな状態か、思いを巡らせるのでした。
この頃このことについてホントに考えています。
私も歳を取ったのかな・・・。

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